宗教調査論・序説
−調査者とインフォーマントとの関係を中心に−


Introduction to the Methodology of Religious Research
  :the Relation between Researcher and Informant


1.なぜ宗教「調査」を問題にするのか

 森岡清美[1967:15]は、かつて、それまでの日本における実証的な宗教研究を概観した論文の末尾に、「新しい問題領域を開拓し、もしくは研究水準を高めるのに貢献した力作も少なくない」という評価と共に、「他面、研究課題・論証過程・結論などが明らかでない単に記述的な調査報告が依然として多いことも事実である」と指摘したことがある。筆者は自らのテーマである「現代日本におけるキリスト教の受容と変容」に関して、多くの先行研究にあたるうちに、この指摘が、現在もなお当てはまっているという実感を持った。
 さて、宗教研究の分野では、1970年代以降は「宗教社会学研究会」(以下、宗社研と略す)に在籍した研究者たちを中心に、新宗教教団をはじめとする多種多様な宗教現象の実証的な研究成果が着実に積み重ねられてきた。だが、彼等はどちらかというと方法論よりも、より多くの対象への接近に力を割いていたようである。
 宗教現象に関する個々の論文の研究対象や問題の所在などの部分で、研究者は自らの立場や研究方法に言及している。そして彼等はその中で、自分がどのような調査を行ったかも述べている。だが、宗教調査を正面から論じたものは現在でも数えるほどしかない。
 日本民族学会ではすでに「調査」について学会全体で取り上げ、二度ほど議論してきた(1)。しかし、実証的な宗教研究に関して調査の問題を集中的に論じているものとしては、井上順孝[1992]の倫理面での警鐘を鳴らす論文や、樫尾直樹[1993]の宗教学黎明期の調査に注目した論文以外には、我々はわずか二つのテキストくらいしか見ることができない。本来ならば、直接個人の内面に関わる事柄やさまざまな世界観・宗教観を研究対象としている研究者たちこそ、もっと調査に関心を寄せるべきではないだろうか。そこで、筆者は本稿で、まだ一試論の段階ではあるが、宗教調査に関する問題、特に先行する幾つかの文献でも述べ尽くされているとは言い難い、調査者とインフォーマントという二者関係の問題を中心に論じたい(2)。それは、既出の調査報告を見る限りにおいても、二者間の面接(interview)という方法が、宗教調査において重要な方法だと思われるからである(3)。
 さて、先に述べた二つのテキストとは、西山茂[1981]と磯岡哲也[1994]である(4)。これらは、いずれも「社会調査としての宗教調査」という文脈で構成されている。そこには、宗教調査も対象が宗教現象であるということ以外は、社会調査の中に含めて議論してよいという前提がある。周知の通り、社会調査は自然科学における実験や観察という方法に対する、社会科学の主要な方法として認知され、その方法論的議論や技法の精緻化に関しては、特に社会学の一分野として扱われてきた。古くは戸田貞三[1993(1933)]が、社会調査の下位分野として、家族調査や世論調査などと同様に宗教調査を分類している。先の二人も、社会調査の枠組みに則して宗教現象を対象とした調査に関する議論を展開している。筆者はこれに異論を唱えるつもりはない。社会調査を広く「社会に関するあらゆる方面の事実調査」と規定して、その中にさまざまな調査を含めて議論するほうが生産的だと考えているからである[岡田 1953:1]。
 ここで、本稿における宗教調査とは何を指すかを説明しておこう。宗教の定義の困難さはつとに知られているが、本稿では、研究者が自らの対象に対して宗教と認識・判断する場合をすべて宗教であるとしておく。無理に狭く定義づけても意味ある議論ができるとは思われないからである。調査とは、「調査者の身体を媒介として情報を収集(インプット)し、その時点における理論的形式(フォーマット)にしたがってその情報を分類・整理した後、言語によって記述(アウトプット)する、一連のプロセス」とまとめられるだろう[樫尾 1993:99]。従って、筆者は宗教調査を、研究者が対象とする宗教現象について、資料を収集し、考察して結果をまとめる一連の活動、と定義づけておく(5)。
 次章で宗教調査の特徴を確認し、従来の調査ではどのような方法がとられてきていたかを検討する。その後、調査に関して社会学・人類学・民俗学などから提出されている現在的課題に着目し、調査方法の選択・調査者とインフォーマントとの二者関係・記述と公表、という調査の実際的な流れの場面に則して、三つに区分して論じていく。
 調査を議論する場合、方法論(methodology)と技術論(technique)という二つは各々重要な問題である。本稿では、前者に重きを置いて議論を展開する。なぜなら、後者は社会調査のテキストで多く述べられているので、ここであえてそれに拘泥する必要はないと感じているからである。本稿では、調査現場で発生した実際的問題を取り上げるが、あくまでも方法論の問題が中心となる(6)。
 なお、議論の煩雑さを防ぐため、引用以外の部分では、聞き手・研究者・フィールドワーカーなどを「調査者」と、話し手・話者・被調査者などを「インフォーマント」と、そして、インタビュー・聞き取り・採訪などは「面接」と表記することにする(7)。
本稿はあくまでも、宗教調査に関する今後の各論(教団調査の個々の問題、自らの信仰と調査研究の問題、さらには自らの調査報告など)を展開させる上での、序説として位置するものである。よって、全体としての結論は後に譲り、簡単な小括のみを本稿の末尾に記す。筆者は本稿において、宗教現象を研究するときに調査の現場で考えなければならない幾つかの議論を一つ一つ検討して、今後の宗教調査論へ展開させていこうと思っている。もちろん、そしてその後に、あるいは並行して自らの実証的研究を進めていくつもりであることは言うまでもない。だが、このテーマを追究するにあたって「調査論の自覚よりも調査結果があればいいという決断は、方法論のもってしまう抑圧力を看過している点であやうい」[佐藤 1996:5]という発言に力を得たことは申し添えたい。

2.宗教調査の特徴

 宗教現象を対象とした調査研究とは、他の人文・社会科学の調査研究と基本的に何がどう違うのであろうか。この問いに対する単純な答えは、対象が宗教現象ということになるだろう。ただし、この宗教現象はすぐれて主観的かつ多義的な現象でもある[薗田 1982:93]。
 さて、先の二つのテキストを概観すると、両者とも次の二点に言及していた。調査対象側の調査拒否の姿勢、及び「信仰」という内面世界を扱うことの困難さである。
 前者は、新宗教教団の場合に多い。戦前戦後を問わず、理不尽な弾圧やマスコミの好餌となった経験を持つ教団は、外部者に対して警戒感を強く持ち、調査を拒否することも多々ある。この解決法としては、調査開始から結果公表に至るまでの過程において、対象へ同意を得ながら進めるべきとされている。しかし、この調査拒否の姿勢という困難さは宗教教団を対象とした場合に限ることではないだろう。
 後者は、実際には調査者とインフォーマントとの間の宗教観・世界観のせめぎあいや葛藤という形で顕れる。宗教調査の内容はインフォーマントのプライヴァシーに直接関わってくることが多く、教団独自の世界観や宗教的言語を、調査者はどのようにとらえるかという問題でもある。それぞれの宗教が構成する意味世界については、表面的な理解ではなく、より深い理解へと向かうべくさまざまな試みがなされている(8)。井上[1992]は、調査の条件として入信を挙げられたときの調査者の対応を議論している。その場合、調査断念・便宜的入信・得心して入信という三つの対応が想定される。だが、どれを選択しても問題は残る。調査者がインフォーマントの宗教観・世界観にどのような態度を示すかは未解決の大きな問題である。
 現在の宗教調査の大きな特徴は、直接対象へ接近する調査が押し進められてきていることである。宗社研の調査者たちは、文献資料の収集のみの調査、歴史的記述ではなく、自ら資料を収集・作成するようになり、いまやそれはごく当たり前のことになっている。この方法は「フィールドワーク」「あるく・みる・きく」「現地調査」とさまざまに表現される。いずれの表現も、直接対象へ接近することでは共通である(9)。そこで、本稿では、このような調査を事例研究法として、社会調査に含めて考察していく。
 宗教学は「対象の学」という言い方もできるだろう(10)。日本の宗教学では、創始者の姉崎正治以降、神学や哲学と分離独立した独自の学問として宗教学を成立させるため、「価値中立的に」宗教を研究するという態度が、「姉崎以降の宗教学の展開の中で自明の前提として受け継がれて」いった[山中・林 1996:69]。戦後は、岸本英夫が宗教学の科学性を強調し、その弟子たちによって隣接諸分野との交流が深められ、実証的研究の成果が蓄積されていった。他方、社会調査を学問領域に含めていることを考えると、社会学は「方法の学」とも言える。戦前の日本の宗教社会学は、欧米理論の紹介が盛んだった。戦後は森岡清美らが実証的研究を進めた。このような、宗教学的立場・社会学的立場の若手研究者たちが1975年に合同したのが宗社研である。宗社研はそれぞれの立場の研究者たちが相互検討・交流を持ちつつ活動していた。彼らは新宗教というフィールドを開拓し、各々のインテンシブな調査により対象へ接近していった(11)。そして、彼らは共同調査などを通じて、宗教学的立場や社会学的立場をお互いに理解し合うに至る。その中で、この会の基本的な研究の態度の一つとして「内在的理解」が提出されたことは広く知られている(12)。
 「内在的理解」とは、宗教を「全人類文化に広く見られる文化様式の土台をなすもの」として、調査者とインフォーマントとの間に共通基盤を見出し、事例研究法で用いられる参与観察・面接などさまざまな方法を用いて、全体的に取り上げていく研究態度・方法である[島薗 1992]。そこでこの方法が、調査者とインフォーマントとの間の了解困難さを乗り越える方法として用いられてきたのである。
 一方で、イーミック(emic)とエティック(etic)の区分も参考になる。前者は、現地語の持つ独自の意味、特徴的な分類体系を汲み上げようとし、後者は、学術語による理解枠組みの精緻化を目指す試みである。大塚和夫[1989]は、この両極の間に揺れる言葉を用いて、主観と客観との間で往復運動をせざるを得ない研究主体が「文化の翻訳」を行うことを提唱し、意訳を旨とする作品を作ることがその成果だと述べている。後に大塚[1996]は、読者という第三者にも触れ、異文化での調査が多い人類学研究者という立場から、調査結果を自文化で報告する際、異なる言語による「表現の限界」という問題を指摘している。
 この大塚の指摘は、ある固有の宗教世界での調査を、それ以外の世界の人々へ伝えるべく何らかの記述を行う宗教研究者にとって、熟慮せねばならない課題である。調査した教団において、独自の用語や、一般的な意味とは異なる使い方をする用語を、どのように信徒以外の読者に伝えられ得るかという問題は、宗教研究者の多くが抱えているだろう。
本稿の議論で筆者は、異文化理解の視座も参考にしていきたい。そもそも日本の宗教社会学的研究では、従来から人類学的・民俗学的、歴史学的研究にも負ってきた部分が多いのである[森岡 1967:1]。宗教の実証的研究は、社会学的調査によってのみ行われてきたのではなく、広義の社会調査の一つとして行われてきたと言ってよいだろう。
 そして、今後の議論は調査一般の議論へと開かれていくのである。

3.調査論の現在

 (1)調査方法の選択:統計・事例の分立からマルチメソッドへ
社会調査は、統計的方法と事例研究法に二分して説明されることが多 い(13)。前者は多数の社会事象を、それにかかわるいくつかの変数の相 互関係から記述、分析しようとする方法であり、後者は比較的少ない対 象を全体関連的にとらえようとする方法であると説明される。そして、 これらは特質としては対照的だが、実際には相互補完的とされる(14)。 統計的方法は第二次大戦後、アメリカの技法の本格的な導入により活発 化し、特にコンピュータの普及なども影響して、標本抽出や技法の革新 が進み、データも蓄積されてきた。一方で、調査自体の問題点も数多く 指摘されている(15)。事例研究法の中では、近年の日本の社会学ではラ イフヒストリー法が議論されてきている。後者は後述する。
  実証的な宗教研究では、統計・事例で区分すると、前者の方法、つま り、統計資料を中心的に用いた論考は多くはない。その理由の一つは、 統計的方法で利用する質問紙の質問項目や回答項目が、対象の教団や信 徒たちにとってどれだけ適した宗教的言語かどうかという難問が解決で きていないからである。そのため、複数の教団へ質問紙調査をする場合、 表現を変えざるを得なくなる[深水・竹沢 1995:127]。すると、結果の 比較は容易ではない。もう一つは、対象を全体連関的にとらえていこう とする宗教研究者たちにとって、数字に還元して分析することを前提と している統計的方法がなじまないからとも言えるだろう。ただし、一般 に宗教意識を探るために質問紙調査が実施されることは少なくない[井 上 1996など]。だが、それはクロス集計までの分析が多く、他の社会調 査で実施されているような重回帰分析・因子分析などの多変量解析を実 施している例は多くはない(16)。
  西山[1981]は先のテキストで、質問紙を用いた調査が増加すると予想 していた。確かに、その後15年を経て、さまざまな教団に対する質問紙 調査の報告が数多く見られるようになった。特に複数のメンバーで教団 ・地域を調査する共同調査においては、信徒の属性(性別・年齢・職業) や宗教行動・宗教意識などで統計資料を用いた分析が見られる[島薗編  1992;宗教社会学の会編 1995 など]。だが、その際、この統計的方法 とそれ以外の事例研究法が「相互補完」だとして扱われているだけで、 積極的な意味を見出しているような言説はあまり見られない。調査者側 の観点で、共通のコードを設定して調査するというこの統計的方法も、 宗教現象をとらえるための一つの方法として、もっと有効に機能させて いくことを考える必要もあるかもしれない。
  近年では、統計対事例という二分法を乗り越えようという主張も見  受けられる。
  佐藤郁哉[1992]は、調査方法を幾つかに分けたとしても、それぞれに 長短があるだから、調査計画の段階で適切な方法を複数用いることを考 慮すべきだと述べる。これは、トライアンギュレーション(三角測量) あるいは、マルチメソッド(多元的方法)と呼ばれる。トライアンギュ レーションは、一つの現象に対する異なる視座からの観察のことであり、 より具体的には同じ変数を調査するときに、異なった測定法や資料収集 法を同時に用いることを指している[Newman 1994]。マルチメソッドは、 単一の方法(モノメソッド)と比較して、複数の方法を導入することを 指している(17)。
  後藤範章[1995;1996]は、質的調査・量的調査の他に既存資料のデー タ変換もあると述べる。このデータ変換とは、公的統計などの資料を自 らの調査において適宜調整して利用する方法である。さらに、後藤は、 発見・発想と検証・理論化という二種類の調査を同一フィールドで循環 的長期的に行って、他フィールドとの比較を提案している。後藤のこの 提案は、宗教調査においても考慮されるべきであろう。

 (2)調査者とインフォーマントとの二者関係:倫理と政治性
  社会調査のテキストでは、調査倫理に関してはあまり述べられていな い(18)。統計的方法ばかりでなく、事例研究法の部分においても調査倫 理は等閑視されている。よく見られる記述は、ラポール(rapport)、つ まり調査者とインフォーマントとの友好的関係は面接調査において重要 であるとの指摘である。これは調査における必然的前提と考えられてお り、議論はそれ以上に拡大していない。
  しかし、調査現場ではこの調査倫理は看過できない問題である。例え ば、宮本常一[1986(1972)]が「調査地被害」と述べ、調査者によって引 き起こされたさまざまな被害状況を記述したことを想起すればよい。し かもその20年後、安渓遊地[1991]はその状況がいっこうに好転していな いことを示している。彼らが述べていたことは、調査者の倫理の問題に 収斂される(19)。ただし、彼らは調査者自身の問題は鋭く追求している ものの、インフォーマントを含めた調査全体への関心は薄い。調査とい う営為は、調査者だけの問題ではない。そしてそのことは、近年の議論 ではむしろ一般的な見解となってきている。そこで、調査者とインフォ ーマントとの二者関係に関する議論を検討しておこう。
  原発や新幹線建設など、社会問題に関する調査を行った似田貝香門  [1974]は、インフォーマント側が調査者へ「共同行為」を期待してい ると述べた。すると中野卓[1975]は、調査において、調査者はその役割 を捨ててインフォーマント側に立ち、それを「共同行為」と呼ぶような 見せかけの人間関係に陥るべきではないと批判した。同時に中野は、調 査者はインフォーマントから教わり導かれるものだという有賀喜左衞門 からの教えも主張した。これに対し安田三郎[1975]は、「教えてもらう」 という主張を批判した。すなわち、上位者が下位者を知的搾取するとき に、それを隠蔽し自己弁護として「調査」を「学習」と言い換えること があるという指摘である。安田は量的調査、そしてそれに基づく「法則 定立」を想定しての立場からの議論であり、質的調査を進めている中野 とは立場が違うという説明もできるだろう。ただ、近年の調査環境の特 色の一つとして教育・知識レベルの平準化も挙げられている[井上 1992 :154]。もはや、安田の言うような調査者優位の環境ではない場合もあ る。まさに調査者がインフォーマントから学習しつつ、調査を行う事態 も十分にあり得るだろう。調査における二者関係は、単純に一方的に、 どちらが上位でどちらが下位だというわけではない。調査者は「いいデ ータ」を得るためにインフォーマントに媚びることもあれば、インフォ ーマントは調査される自己を演出して語ることもあり得るだろう[井上  1992:156-164]。
  さらに、面接調査自体にも、話題特定性・課題遂行性・制度的非拘束 性という三つの特徴が必然的に備わっている[細川 1987]。この三つを 簡潔に説明すると、面接の現場ではインフォーマントがその会話を制御 できる(話題特定性)一方、その会話の目的は調査者の一定の意図のも とで進められ(課題遂行性)、自分が持っている情報量の出力をインフ ォーマントがどの程度制限するかは、調査者が持っている情報量の差に よる(制度的非拘束性)のである。前二者についてはこれ以上の説明は 要しないだろう。後者については以下三人の議論をみてみよう。
  井上敏昭[1994]は、調査者に対する評価によって、インフォーマント が語りを変化させていくことを論じた。具体的には、初対面の場合は何 を話すのか躊躇し、調査者が情報のどの部分に価値を見い出してくれる かを探りつつ話をし出し、調査者の話題に対する関心や理解能力を観察 して、それを評価するに従い、熱心に詳細に語り出すようになっていっ たという。つまり、インフォーマントは自身の論理に則って語るという のである。この複数回の面接によって、インフォーマントの語りが変化 する点について、小林多寿子[1992]は、幾つかの「ヴァージョン」と表 現した。小林はそれを、面接を複数回することによって、語りが深みを 増してきたからだと解釈する。足立重和[1995]はこれに異議を唱えた。 インフォーマントの語りは面接の回数を増しただけより深くなるという のではなく、それぞれの語りは同等にリアルだと言うのである。インフ ォーマントは単に調査者の質問に回答するに止まらず、その場その場で 自らの立場を正当化しようと戦略的に語り、自らの解釈について調査者 を説得していく。足立は、インフォーマントの相矛盾した語りを、より リアルと認定する語りによって解釈するのではなく、それぞれの語りに 関して相互作用の観点から解釈し直す作業を提唱した。
  以上の議論は、統計的方法の質問紙調査ではなく、事例研究法の複数 回による面接調査の場合のものである。このような二者関係は、換言す れば両者の政治性の問題となるだろう。先に議論した倫理と合わせて二 つの問題が確認された[Punch 1986]。
  面接調査における調査者とインフォーマントは、調査拒否という次元 ではなく、調査の過程の次元においても、さまざまな意識的・無意識的 な戦略をお互いにとっている。もはや、調査者が無自覚に、調査して得 た口述資料をその文脈を無視して提示することは許されないだろう(20)。

 (3)記述と公表:結果の出力
  調査現場でのさまざまな営みはやがて調査者によって文字化の形をと られ、公表される。ここで、その結果の出力に関連する議論をみておこ う。
  事例研究法の記述では、調査結果の公表によってインフォーマントが 何らかの損害を被ることのないようにするための一つの方法として、匿 名記述が要請され、実際には仮名やイニシャル、記号・番号による表記 が少なくない。だが、この匿名記述に関して、永井良和[1994:141]は 「絶対的な前提として無批判に受容してしまう」ことで、インフォーマ ントとの関係を調査者が「反省する力が衰え」ることを危惧している。 インフォーマントの特定化が防げたとしても、調査者が記述の内容に無 責任であっていいわけはない。永井は、短絡的にすべて実名で記述せよ と述べているのではない。登場人物を実名や芸名で著した鵜飼正樹[1994] のモノグラフを紹介しつつ、はじめから匿名と決め込まず、対象との関 係にとって相応しい記述の方法を考えるべきと主張しているのである。
  その論文中で永井も指摘していたが、筆者もインフォームド・コンセ ントという概念に注目している(21)。調査者側が基本的態度として、ど のような目的で面接を実施するのかをインフォーマントに知らせること とその同意をとることは必要である。ここでは、調査後の記述の段階に 関して議論していく(22)。調査で資料を得るのは調査者側であり、イン フォーマント側がその資料をどのように扱われるかを知らされることは 少ないだろう。調査結果は、概ね、論文や報告書としてまとめられるだ ろうが、場合によっては公表されないまま放置されるかもしれないし、 インフォーマントの希望しないような形で公にされてしまうこともある かもしれない。面接調査は調査者だけのものではない。インフォーマン トとの二者関係の上で達成できたものである。だから、公表の際、得た 資料をどのような形式で発表するかについて、インフォーマントに同意 をとることは調査者として必要なのではないだろうか。このような言い 回しはいかにも性善説に立っているような印象を与えるかもしれない。 現実はもっと厳しいという反論もあるかと思う。ただし、今述べてきた ことは、全ての場合は難しいとしても、長期的に実施していくならば、 ある程度は不可欠なのではないだろうか。それこそが、調査者とインフ ォーマントとの真の信頼関係となるだろう。インフォームド・コンセン トによって、患者と医療者が治療に際してお互いに自覚的に向かい合え る関係を結べるように、宗教調査においてもその調査が調査者とインフ ォーマントとの間により積極的な関係が結べると夢想するのは筆者一人 ではないだろう。
  さて、社会学・人類学・宗教学などで解釈学的な視座が提唱されてい る現在の学的状況を鑑みると、記述スタイルのさまざまな試みがそれを 表象していると思われる。例えば、鵜飼[1994]のモノグラフは、書き手 が経験した時間の流れに沿って記述された主観的な日記と、客観的に読 者に必要と思われる情報の頭注との併記になっている。多声的民族誌・ 実験的民族誌という試みが、幾人もの人類学者たちにより、実践されて いる(23)。これは、それまでの個人の主観を排除する立場による民族誌 記述に対する反省的対応であり、そこでは個人的主観的行為が積極的に とらえ返されている。
  松田素二[1995]は、人類学における個人への志向を出発点に、個人が 生きるライフをいかにとらえるか、個人がセルフをどう形成していくか という議論から、ライフヒストリー法の可能性を主張する。この方法に おいて、調査者とインフォーマントとの自己意識の創造性がぶつかり共 鳴するなかで、なんらかの了解に到達するという。社会学の側からは  「話者と書き手と読者とが作品を媒介にして取り結ぶ『表現と解釈』と いう関係性を前提にして成立する研究」として、ライフヒストリー法が 注目されている[井腰 1995:133]。筆者自身は、日本において1970年代 後半以降、多くの著作が登場してきたライフヒストリーに関して、社会 学・人類学・民俗学における方法論的問題に注目して議論したことがあ る[川又 1996]。次の段階として、信徒研究の一つの方法として、対 面的状況で資料を得る、口述史的手法による研究の可能性を現在模索し ている(24)。
  さて、調査結果に関しては、インフォーマントへの還元という点も重 要な課題である。この一つの理想とされるのが、中野卓による倉敷市水 島地区の調査で実施した、報告会と報告書要約版の全調査世帯への配布 である[原・海野 1994:19]。すべての調査で同じことはできないだろ う。還元の仕方は他にも考えられるかもしれない。現在、我々の多くが 採用している方法は、出版された単行本・報告書・抜刷をインフォーマ ント側へ送付することである。だが、送付の後にこの二者間で対話がな されているかどうかは疑問である。太田好信[1994]は、民族誌という記 述のスタイルではなく、文化の記述という大きなカテゴリーを設定し、 その中でより多くの人を参加できるフォーラムを構想している。実現可 能性の問題もあるが、注目に値する主張だと思う。

4.小括

 本稿の議論について、筆者なりの小括をしておくと、次の通りである。
 宗教現象を実証的にとらえる場合、事例的方法が用いられることが多い。ただし、この方法は宗教調査独自の方法ではない。むしろ、これまで、広義の社会調査の文脈で提示される様々な方法を、調査者が自らの対象や分析枠組みに合わせて適宜、選択してきたのであり、それは妥当だと言えよう。現在では、調査方法は、統計的方法か事例研究法かという単純な優劣で決定するのではなく、むしろ様々な方法を多元的に用いることが望まれている。調査者とインフォーマントとの間には政治性・倫理の問題が大きな課題として残されている。その次善の案としては、調査者側による記述や公表がなされる際、インフォーマントに対して、調査によって得た情報の公開と同意、つまり、インフォームド・コンセントの徹底が要請されるだろう。記述スタイルも、様々に模索されているが決定的な方法はない。筆者独自の見解としては、ライフヒストリー法による記述を提唱したい。ただし、この詳細は別稿で議論する。
 これら調査の議論は、すぐに結論に達する訳ではない。これまで展開してきた議論は実践が伴わねば意味をなさない。第一章にも述べたように、筆者は今後の自らの調査報告によってこの議論を生かして行かねばならないことは肝に銘じている。
(東洋大学短期大学非常勤講師)

【註】
(1) 1952年に開かれた座談会では、地理学や民俗学などを含めたさまざま な調査の沿革と反省が述べられた後、戦後日本の社会調査の傾向が語ら れた[岡田 1953]。1989年には、前年に開催された「民族学と少数民族: 調査する側とされる側」というシンポジウムを契機に研究倫理委員会が 開かれた。後者の結果は註(19)を参照。
(2) 本稿での議論は、あくまでも調査者とインフォーマントとの二者関係 が中心であり、それ以外の問題は稿を改めたい。例えば、教団全体の調 査拒否を乗り越えた調査(をするのかしないのか)などの問題である。 さらに、反社会的と思われている集団に対する調査については、宗教教 団以外の集団も含めた議論をしていく方が建設的ではないかと筆者は考 えている。この議論に関して、研究者は価値中立性より倫理的義務感を 優先させることもありうるとの主張[スィンゲドー 1981:53]を参考と して挙げておく。なお、調査者とインフォーマントが調査後も接触する 可能性のある調査を「出会い型調査」と命名した井上[1992:150]や、 「宗教者とのインタラクションを通して調査者が体験したことを言語に よって記述する行為およびその結果」として「宗教誌」概念を提出した 樫尾[1993:101]らは、この二者関係に関して宗教学的立場から言及し ている。本稿の狙いの一つは、これらを踏まえつつ、社会学的立場にあ る筆者が議論を展開させることにある。
(3) ウィルソンの議論を参照のこと[ウィルソン 1981:19]。資料の収集 法として、文献収集・観察・面接という区分があり、そのなかで観察も 非常に重要であることは筆者も認識している。ただし、調査者とインフ ォーマントという二者関係に重心を置く本稿では、面接を中心に議論し ている。
(4) これ以外に、森岡清美[1960]や井上順孝他[1981]もあるが、それ らについては、次の理由で本稿では言及しない。前者は謄写本で現在入 手することが困難であり、その内容を読む限りにおいて、他の二つのテ キストに吸収されていると考えられるからである。ただし、森岡が1960 年の時点で、ようやく「宗教現象の実態調査」が各地で行われつつある と述べていたことは記しておきたい。後者は対象が新宗教に限定される 上、西山[1981]と内容に大差はないからである。もっとも、井上順孝 他[1981]は、本書全体が共著となっているのだが、「調査方法」の部 分に関しては、主に西山茂が担当していたということは西山本人に確認 済みである。また、西山[1981]と磯岡[1994]はあくまでもテキスト として著されたという特徴もここで確認しておく。
(5) 本稿では面接調査を中心に議論するが、調査全体へと議論を発展させ るならば、文献資料に基づく調査も考慮すべきである。樫尾[1993:103] の「物、文献、聞き書きを資料とすることによって相補的に協同作業を 行うことが、社会科学のひとつの理想的形態」という主張には筆者も同 意する。
(6) 従って「調査以前の問題」には言及しない。この議論には、調査とい う行為を真理の探究だとして過信し、インフォーマントへ思い上がった 態度をとっていたとの述懐[池田 1955]や、調査者の主体性欠如によ り、調査が政治などの外的条件に左右されてしまう状況についての「一 人の主体的人間としての調査者の哲理、論理、展望の未熟さにある」と いう総括[田村 1988:314]を参照されたい。調査者自身の調査に対する 態度・姿勢の問題は、調査全体の問題としてそれぞれが肝に命じなけれ ばならないのは、改めて言うまでもない。また、本稿のように方法論を 問うていく場合、論ずる個別の調査がどのような目的を持って実施され たのかという点も考慮すべきであろう。だが、本稿で筆者は、各々のテ ーマとの関連で一つ一つの宗教調査を論ずるのではなく、三つの場面で 論点を恣意的に設定し議論する方法をとったため、それらを含めて論じ ていないことを予め述べておく。
(7) 筆者は現在、インフォームの語源「形作る」から双方向の影響を考え る語彙としてインフォーマントに積極的意味を見出す井上[1992]と同様 の見解を持っている。
(8) 例えば池上良正は「目の前に圧倒的な力で迫ってくる宗教現象を相手 に、その最も大切な部分をできるかぎり損なわないような仕方で理解し、 解釈する努力をつづけなければならない」という宣言のもとに宗教学的 モノグラフを著した[池上 1991:8]。また、沖縄の宗教世界を調査す る島村恭則は、神霊に共に苦しみ共に感じること、そしてインフォーマ ントと自らとの「共感共苦」が、自らの調査研究において重要だったと 述べている[島村 1994:34]。
(9) 宗教調査を進めるにあたって、調査者には「共感性」と「批判性」の バランスが求められている[池上 1996:139-143]。これをウィルソン は「共感的客観視(sympathetic detachment)」と表現した[ウィルソン 1981:15]。
(10) 藤原聖子[1995]は、固有の宗教学的調査は本来的に存在しないと述 べている。それは、宗教学が方法ではなく、対象を共有する諸研究から 成っているので、方法については隣接諸学に追随してきたからだという。 これは、井上[1992]が論文中で調査法として示した参与観察法、面接 法、深層面接法、質問紙法などが、いずれも人類学や社会学、心理学な どの分野で技法が精緻化されてきたものであったことで追認されるだろ う。藤原自身は、宗教学が神学や宗教哲学に反発して、実証的研究を重 視してきたため、理論や方法論研究が疎かになっている傾向に対して「宗 教体験」を切り口に、宗教学の理論構築を試みようとしている。
(11) 宗社研の残した課題として、日本の新宗教のデータ収集を世界の諸 宗教研究へフィードバックしていない点、自前の理論構築にこだわった ため西欧理論の批判的摂取が希薄だった点が指摘されている[山中 1995 :16]。
(12) 本稿では、宗社研メンバー各人の相違点には触れていない。宗社研メ ンバーの業績を見れば、個性的な多様な人材に恵まれたグループである ことは言うまでもない。だが、メンバー間の細かな違いをここで議論す るのは有益とも思えないので、本稿ではあえて「宗社研」と叙述してい る。従って、「内在的理解」に関しても全ての宗社研メンバーがその立場 に立っていたとまで述べるつもりはない。ただし、「宗教の内在的理解と いうことが研究会の課題として打ち出されていきました」という発言[孝 本 1992:1-4]や、「対象外在的な客観主義の方法も、内在的理解の方法 も、ともに必要とされるというのが、しだいに宗社研の一般的な新宗教理 解の方法ともなった」という発言[西山 1992:82-100]からも、基本的 態度の一つに内在的理解を挙げることに誤りはないだろう。
(13) 福武・松原[1968]、安田・原[1982]などを参照。ただし近年では、 エスノメソドロジーや内容分析、生活史法などの方法を統計的方法と並 立して紹介するテキストも刊行されており、統計対事例という単純な二 分法と言えなくなっている[栗田編 1996]。
(14) 「相互補完」という言説に佐藤健二[1996]は異議を唱えている。そ れは、社会調査のテキストにおいて統計的方法の調査技法の説明に比べ、 事例研究法の技法的説明が少なく、そのため、事例研究法はデータ解釈 の水準という方法に理解される事態となったという歴史的経緯を検討し ての発言である。そして佐藤は、統計と事例という二つの方法を「質的 /量的」という対立に置き換える議論を「肥大化した幻想」と呼び、デ ータ批判という点を重視して議論すべきと述べた。この二つの方法の吟 味をせずに安易な区分けのまま調査している我々への戒めでもあろう。
(15) 国勢調査の実施方法や統計的方法におけるプライヴァシーの問題の 議論[広田・暉峻 1987]や、統計的方法の限界性の考察[友枝 1996]など を参照。統計的方法でも、匿名化のみが調査倫理の問題なのではない。
(16) 多変量解析を行った論考を多く発表した金児暁嗣は、最近それらを まとめた[金児 1997]。彼以外の近年の研究では、川端亮[1989;1991]や 田島忠篤[1992]などが挙げられる。
(17) 佐藤郁哉[1992]は、従来の Grand Theory(誇大理論)に対して、 Grounded Theory(生成する理論)を紹介した。医学・看護学では少し ずつ成果が蓄積されている。だが、日本の社会学では提唱者のグレイザ ーとストラウスの邦訳著書が出版され、ようやく注目され始めた段階で ある[グレイザー・ストラウス 1996]。
(18) 本稿では倫理(ethics)と道徳(moral)は区別して考える。前者は調 査者・インフォーマント間の個人的信頼関係にもとづく規範、後者は調 査者・インフォーマントを含む社会全体の規範とする。インフォーマン トの反道徳的な行為に関して調査者は面接の際、資料として得ることが あるが、それを記述するかしないかは倫理の問題ということになる。
(19) 日本民族学会の倫理に関する第一期の委員会の報告では、学会員のア ンケート結果を「研究する者とされる者との関係、プライバシーの問題、 研究結果の還元」など十の項目に分類して紹介している[上野・祖父江  1992]。さらに、第二期の委員会では研究倫理委員たちのまとめを報告 している[祖父江 1992]。これを概観すると、結局、調査者とインフォー マントとの二者関係が大きな問題であることが理解される。そもそも少 数民族に対する研究者の基本的倫理の問題から始まったこの議論は、生 身の人間を主たる調査対象とするため不可欠となる、多くの問題を再確 認させることになった。
(20) 近年邦訳された幾つかの人類学における民族誌の議論は、もはや現地 調査と記述の問題における前提となるだろう[クリフォード・マーカス  1996(1986);ギアツ 1996(1988)など]。民俗学でもそれに触発された形 で議論があるが、その中で、忠実なテープ起こし・確固たる前提を明示 した報告・その中間段階の記述という三種類の記述の試みを提案する者 もいる[笹原 1996:103]。
(21) インフォームド・コンセントは、ナチスの人体実験の批判と反省を踏 まえて、人間を対象とする実験的医療や臨床試験における被験者の同意 を必須とする倫理として発展してきた。特にアメリカでは70年代から患 者の権利が重視されるようになり、医師への道徳的義務、患者の自律性 の尊重が主張されてきた。インフォームド・コンセントには患者自身の 意図、治療の理解、他者に支配されないという自律性が必要とされる[フ ェイドン・ビーチャム 1994]。
(22) 筆者は、調査目的の告知とその同意について、医学用語のインフォ ームド・コンセントを援用することについては留保したい。それは、医 学においては医師が患者に関する情報を提供し、宗教調査においては調 査者がインフォーマントから情報を得るという相違点があるので、それ を踏まえた検討が必要と考えているからである。そこで本稿では、この インフォームド・コンセントという概念を、面接によって情報を得た調 査者の記述・公表の段階に限定して用いることにする。
(23) その代表例としてクラパンザーノ[1991(1980)]が挙げられよう。そ れ例外にも Rabinow、Dwyer、Bourdieuなど多数の「個人をあつかう民 族誌」を議論した堀内正樹[1984]は参照されたい。
(24) 筆者は「宗教研究におけるライフヒストリー法の導入」という別稿 を準備中である。そこでは口述史法を方法論的に検討し、特に信仰体系 受容の問題に関して利用することを提唱する。さらに具体的には、現在 収集しつつある、日本のキリスト教信徒たちの「回心」経験に関する口 述史を今後まとめていくつもりである。

【参考文献】
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【追記】
 本稿は、「宗教と社会」学会第4回大会(96.6.15)での個人報告の一部を加筆修正したものが基本部分となっている。ただし、それ以降に行ったテーマの異なる3度の口頭報告(日本社会学会第69回大会・生活史研究会第61回例会・新宗教研究会12月例会)における発表原稿や質疑応答なども、様々な形で論文中に加えられている。それぞれの場において多くの先生方から適切な批判を頂戴し、本稿の審査をした編集委員の方々からも有益な示唆を頂いた。ここに記して厚く御礼申し上げたい。また、大谷栄一氏には全ての口頭報告やその準備の段階で適切な助言を頂き、感謝する次第である。もちろん、本稿の全ての責任は筆者のみが負うものである。


《 英文要旨 》
In this paper, we discuss the methodology of religious research. We have little argued with it as yet.
For we are not interested in the methodology, but in the objects of our religious studies.
Then it is focused on interview method, that is one of the most important things. And we pay attention to
the relation between researcher and informant. Well we could find two problems, politics and ethics.
These conundrums can not be solve immediately, so I would suggest to take into consideration the consept of informed-consent. I think it is necessary to put them out when a researcher write papers especially.
It seems to me that he should inform his informant what he describe, how he announce officially.
We were repeating trial and error how to write about our research, but could not find the best method.
In addition I would propose the use of life-history approach. But I shall try to practice it next article.
In social research it carried out for us to use statistical method and case-study method separately.
But now we can choose variable multi-methods simultaneously. Researcher should not lack sincerity naturally.

《 キーワード 》
宗教調査/倫理/政治性/インフォームド・コンセント/マルチメソッド


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