【書評】 磯岡哲也著『宗教的信念体系の伝播と変容』
学文社、1999年3月刊、A5版、191頁、2600円+税。


 すでに事典や宗教社会学のテキストを執筆・刊行し、また多数の論文を著している筆者が、初めての単著として世に問うたのが本書である。
 本書は、筆者がこれまで実施してきた数々の調査研究のなかで、「宗教的信念体系の伝播や変容」に関する論文を中心に据え、分析枠組みの検討や概念の再整理を行った上で、新しい調査や再調査を加えてまとめ直したものである。シンプルな題目だが、本書を一言で表すならば、まさにこれ以外に説明しようがないだろう。
 本書で研究対象となる宗教は、二つの新宗教とキリスト教である。前者は主に、伝播・浸透・定着の要因などを、後者はそれらに変容の要因も加えて議論している。
 「宗教的信念体系の伝播や変容」に関して、単なる調査報告に止まらない実証研究は多くない。筆者はその参照すべき「先行研究に接続すること」を第一の目的に掲げた。さらに「文化接触による地域社会そのものの文化変化という比較的新しく生起した社会的要因を加味した考察」(本書p.1、以下本書の引用は頁のみ記す)を、本書の目的としている。

 本書の構成は次の通りである。

 序章 研究史的位置づけと分析枠組み
 第1章 立正佼成会茨城支部の地方伝播・浸透・定着とその要因
 第2章 円応教飯南教会の地方伝播・浸透・定着とその要因
 第3章 福田聖公会におけるキリスト教の伝播・浸透・定着・変容とその要因
 第4章 安房大貫キリスト教会におけるキリスト教の伝播・浸透・定着・変容とその要因
 終章  宗教的信念体系の伝播・浸透・定着・変容
 付章  ある女性布教師の信念体系受容過程-口述の生活史

 まず評者なりに概要を記そう。ただし、終章で筆者自身が「要約と確認」という節を設けてまとめており、それも参照した。
 序章では、先行研究の整理と本書の位置、そして分析枠組みがまとめられた。宗教社会学・宗教社会史・宗教地理学の先行研究が簡潔にまとめられ、本書各章の位置づけが示された。また分析枠組みとして、宗教的信念体系の「伝播・浸透・定着」に関しては、森岡清美と西山茂の先行研究を基本的に引き継いでいることが述べられ、さらに「変容」に関しては、「アカルチュレーション」「土着化」の概念を整理した上で、本書の分析に用いることが述べられた。
 第1章は法華系新宗教の立正佼成会茨城支部、第2章は民俗宗教系新宗教の円応教飯南教会を対象に、伝播・浸透・定着過程が論じられた。双方とも第二次大戦以降の時期が扱われ、茨城県の漁村と三重県の山村という全く異なる村落社会で、それぞれの宗教が定着するまでを考察している。
 両章ともに地域集団のなかで先駆的入信者に関して詳しく論じた後、集団レベルでの浸透・定着とその要因に関する考察がなされた。第1章は立正佼成会最初の地方支部となった茨城支部の発足と道場完成の時期、昭和20年から25年までを中心に論じた。第2章は主に、教会長が入信した昭和31年から調査時点である昭和60年までの期間を検討した。
 両対象ともにリーダーは女性であった。
 第1章の茨城支部長は、入会前「世話好きではあったが、無口で取っ付きにく」い「田舎の一主婦に過ぎなかった」(p.43)。だが、回心後は熱心に供養し、「偉大なるおふくろ」などとと呼ばれ「尊信され」(p.44)るようになった。支部長以外の最初の役員は、親族や夫の同業者などの男性たちであり、地縁、血縁などの「既存のネットワークによって、布教組織をより強固なものに」(p.48)していった。その結果、昭和60年には地域人口の約2割が会員となるに至った。
 第2章の飯南教会長は、教団特有の霊能力を得て地域社会内に信者を獲得していった。その際、教会長夫妻のコンビによるリーダーシップが効果的だったことや、時代社会的に文化変化の時期だったこと、教団自体の拡大期にあたったことが地域社会への浸透・定着の要因であることなどが論じられた。この教会では、二度の伸長期を経て、地域人口の約1割の信者を獲得した。
 第3章は福田聖公会、第4章は安房大貫キリスト教会という、いずれも千葉県の農村にある日本聖公会の教会が対象とされた。日本社会では渡来以降ずっとマイノリティだったキリスト教に関する、伝播・浸透・定着・変容とその要因の考察である。文献資料によって明治期などの先駆者たちをとらえた上で、その後の現代までを「現状分析および2地域の民俗調査による教会員の生活の把握」(p.74)をもとにまとめている。
 民俗調査という方法を用いた理由として、筆者は「在来の常民の中の年中行事や農耕儀礼、あるいは通過儀礼や信仰などの生活体系をとらえることによって、逆にキリスト教という外来宗教を鮮明に浮きぼりにすることができる」(p.75)と考えたと述べている。そして、鎮守にかかわる地域内行事と講組織、人生儀礼、年中行事と農耕儀礼に関して「キリスト教の家」と「仏教の家」の比較検討を行った。特に年中行事などは表をつくって対比させた。
 福田聖公会の会員は「キリスト教を代々家の宗教として認知し生活化」(p.106)していた。家の宗教としてキリスト教が定着していったのである。一方、大貫キリスト教会の場合、代々キリスト教を信奉しても、全員が受洗しているわけでもなく「教会員のいる家」という状態だという。また「前者は近郊化、後者は過疎化という相違」(p.146)も見られた。
 福田聖公会は、すでに昭和46年に西山が修士論文の対象として取り上げた対象である。西山はその際、質問紙調査などの綿密な調査を行った。その後、筆者が卒業論文の対象として昭和52年に民俗調査を行い、さらに、筆者自身の手で平成10年に再調査がなされた。再調査の結果、司祭の定住が信徒たちに与える影響も議論された。また、民俗調査の結果、この成田市下福田においては、時代変化によって婚姻や出産にまつわる人生儀礼が衰退するなど、いくつもの儀礼に変化が見られた。同時に、「地域社会内での近隣、親族、マケ関係などの社会関係がかかわるものは、比較的持続している」(p.107)ことを発見した。
 一方、阿波郡千倉町大貫では過疎化の影響から、民俗宗教の変容・消滅の度合いは著しかった。だが、双方とも「代替物も含めた仏壇祭祀、盆行事に対する関与率はことのほか高いもの」(p.151)だったという。
 終章では、宗教的信念体系の伝播・浸透・定着・変容に関して、上記4章を総括的にまとめた。さらに、付章として、第2章で扱った円応教のある一人の女性布教師について、詳細な聞き取りを行い、彼女の信念体系受容過程を「口述の生活史」としてまとめている。

 以下、本書の特徴と若干の問題点などを評者なりにまとめておこう。
 まず特徴として、テーマの一貫性が挙げられる。本書はそもそも、別々に発表した論文を再構成したため、対象宗教や地域における統一性を見出すことは難しい。だが、「信念体系」の受容・変容過程という点を徹底的に追究したものであることは、各章の題目を見ても明らかだろう。
 同様に「地域社会への視座」も見逃せない。漁村・山村・農村という伝統的地域社会における宗教調査をまとめたものが本書である。師匠の森岡と共に各地で調査を行った筆者が、さらに自ら調査地を広げ、いろいろな地域におけるさまざまな宗教と出会い、それを地域社会との関わりで考察した一つの集大成である。本書では取り上げられていない都市に関しても、筆者はすでに東京都荒川区で10年間ほど調査を続けている。「地域社会と宗教」が筆者の研究の大きなテーマであることは間違いない。
 ただし、取り上げた対象が本書のテーマに最適かどうかという疑問は残る。各章は、個別の論文として完成されており、それぞれさまざまな知見が得られる。だが、それを一つのテーマで編み上げた本書において、なぜ他の教派・教団ではなく、立正佼成会・円応教・日本聖公会の支部・教会を対象に議論したのか、積極的な理由を知りたかった。前者については「両者とも地元土着層の受容者が短期間で増え、地域社会に根付いた事例」(p.145)と述べている一方で、それぞれの教団の相違点は筆者自身も指摘している。後者の場合、先行研究者の西山は、教派ごとに変容の度合いが違う可能性を示唆している。もちろん、日本聖公会は、伝統的教派かつ、日本基督教団に次ぐ信徒数の教派であるため、調査研究をする重要性は、評者自身十分認識している。
 先行研究で扱われた対象を新たな視座から検証するという目的が、日本聖公会の教会を取り上げた理由の一つであることは推察される。次々と対象を変えて研究をしていく者の多い宗教研究において、第3章のように再調査を行いその結果を再び報告したということは、大変貴重なことだと言えよう。筆者は一度調査した対象とは長く関係を保ち続けており、それが、今回のような再調査を可能にしたのだとも言える。視点や方法を変え、また再調査の実施により、一つの調査地から多くのことが得られることを示した好例と言えよう。
 筆者自身述べていることだが、本書の大部分は、森岡・西山に関わりが深かった調査地であった。「アカルチュレーション」や「土着化」など本書で重要な概念に関して、筆者なりの整理や論点が幾つか追加され、さらに森岡・西山の「仮説的パラダイム」を精緻化させた点などは指摘したおきたいが、全体の分析枠組みなどの部分で、森岡・西山を乗り越えた独自性を十分に示せたとは言いがたい。
 だからこそ、森岡・西山の両者が手がけなかった「口述の生活史」という手法を用いた付章は、評者にとっては大変興味深かった。この章は、筆者が円応教の女性布教師について詳細な聞き取りを行い、彼女の信念体系受容過程を、彼女の語りを時系列の編集もせずに「口述の生活史」としてまとめたものである。
 筆者は、信念体系受容に関する従来の説明理論や仮説の多くが、受容者を集団レベルでとらえ、社会状況や問題状況などに着目し、量的に分析する傾向があったことを指摘している。そこで、受容者本人の回想に焦点をあてた付章において、個人による受容の意味づけの変化などをありのままにとらえようと試みた。同じく「信念体系受容」を論じたものだが、他章とは方法論など大きく異なるので、付章とされたのである。
 この「口述の生活史」を用いた研究は、1970年代後半以降に日本の社会学で多く見られるようになってきた。筆者は宗教研究の分野でこの方法を早く導入した一人である。評者は筆者たちの研究を学び、この流れを受け継いで、口述生活史や自分史を資料にした研究を進めている。
 本書は筆者の研究の一側面が示されたものだろう。伝統的な地域社会における宗教のありようが本書によって示されたからには、続いて都市部における宗教に関する研究成果が期待される。さらに、キリスト教主義学校や宗教調査の問題など、すでに筆者による他の研究を知っている評者には、それらの総括も期待したい。
 いずれにせよ、「森岡流」の宗教社会学を示したこと、言い換えれば、地道で丁寧な長期にわたる調査に基づいて議論を展開したことが、本書の最大の特徴だと言えよう。筆者の直接の後輩にあたる評者は、本書を目標に、自らの調査研究を一歩一歩進めていかなければいけないと、無言のうちに教えられたと理解している。


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