お断り・・・後の質疑応答(通訳あり)を踏まえ、また、25分での読み上げ用原稿としてA4×5枚にまとめたものなので、議論の積み上げや事例提示の部分で、執筆者自身、不十分な部分があることは承知しております。これまでの数本の論文に若干の事例を付け加えたものとしてお読み下さい。


死と葬りに関するクリスチャンの意識と行動

1.本報告の課題

 日本のキリスト教を考えるとき「死と葬り」は、旧くて新しいテーマと言えよう。
 キリスト教において死とは、神の下に迎えられ、永遠の命をあずかる希望の出来事である。従って、葬儀は、人間のために拝むのでも死者を供養するためでもなく、あくまでも神への礼拝として行われる。故人に生前与えられた神の恵みを思い、また、残された遺族に神の豊かな慰めがあるように祈るのである。
 教会指導者たちは「死と葬り」に関して、一般的にはこのような説明をするだろう。
 だが、現代も「先祖祭祀」の観念が広く浸透している日本において、人口の99%を占めるノンクリスチャンたちには上記の説明では納得しがたいかもしれない。また、後に述べるように、全てのクリスチャンがこれに沿った言動をとっているとも言い切れない。
 報告者は「死と葬り」の問題を、日本基督教団(以下、教団)というプロテスタントの一教派を中心に論じ、「拒否・容認・変換」という三つの対応を抽出した(1)。
 「拒否」はキリスト教の儀礼だけを守り、「先祖祭祀」として行われるさまざまな儀礼を拒む対応である。「容認」は、「先祖祭祀」を宗教儀礼ではなく単なる習俗としてとらえ、そのまま実施する対応である。「変換」は、「先祖祭祀」を形式上そのまま踏襲したり、それに準じた方法で行ったりするが、その中にキリスト教としての意味づけを見出したり、儀礼に再解釈を付す対応である。
 本報告の「葬り」は、逝去した故人に対する葬儀などの葬送儀礼、およびその前後の儀礼全般を指している。さらに、関連する宗教施設、仏壇や墓地なども議論の対象とする。
 報告者はこれまで教団以外の教派についても、教会墓地を中心に調査してきた。そこで、葬儀などの儀礼と仏壇などの意識・行動は、他の研究者の事例も含めて論じることにする。また、墓地については少し詳しく検討する。次節で歴史的背景を概観し、続いて具体的事例にもとづいた議論を展開する。そして最後にアイデンティティと「信仰の継承」について、本報告の小括として論ずることにする。

2.歴史的背景

 日本のキリスト教における「死と葬り」を概観しよう。
 まず、カトリシズム渡来の16世紀半ば、日本人が葬りを重視していることを知ったイエズス会宣教師は、死者のためのミサを行った。やがて禁教となり、江戸時代には寺檀制度が定着し、仏教寺院が葬りに深く関わるようになった。
 19世紀半ば以降、プロテスタンティズムを受容したクリスチャンの中には、「先祖祭祀」を偶像崇拝と見なして、神棚を撤去したり、仏壇を焼却したりした者もいた。明治初期には、葬儀など儀礼も神官・僧侶以外はできず、キリスト教会が独自に墓地を新設したり、葬りに教会が積極的に関与することは困難だった。ようやく黙認の後、1889年の憲法発布により信教の自由が認められた。
 その後、第二次大戦後に制定された1947年制定の憲法では政教分離も明確に規定され、キリスト教の布教、そして日本社会における受容に関する法律上の問題は解決した。そして、1970年代以降、プロテスタント諸教派の教会が墓地を建設したり、葬りの具体的方法に関する本を出版したりするようになった。カトリック教会は、他宗教との対話路線を示した第二バチカン公会議(1962-65年)を受け、1980年代後半、日本の葬りに対して寛容な指導書を著した。
 「死と葬り」に関して、法律の変遷を検討するだけでは不十分だろう。むしろ、クリスチャンたちの、実際の社会生活を考察すべきである。先行研究によれば、日常生活における家族・親族・地域共同体との関係から、明治から昭和期まで多くの衝突が報告されている。さらに、報告者自身による1990年代の調査で、「死と葬り」の問題は、未だ解決していないことが判明した。
 日本への渡来以降ずっとマイノリティだったクリスチャンにとって、他の宗教による葬祭と関わることなく暮らすのは不可避的だった。さらに、偶像崇拝禁止を訴える一方で、独自の方法を提示する教会指導者も多くはなかったと言えよう。
 もちろん、「死者の霊に対して榊を供えることや焼香は、死者を神仏として礼拝するものと誤解されるので行うべきではないが、敬礼や脱帽などの方法で、死者に対して敬意を表するのは可能だろう」という態度を1910年代に表した教派もある。だが、このような方針以外、具体的な手引きは、各教派とも第二次大戦後までほとんど公表してはいなかったのである。
 そこで、以下、とくに現代の問題に絞って追究していくことにしたい。

3.「死と葬り」の意識と行動

 3.1 葬儀・仏壇

 カトリック教会や教団など伝統的教派は、1990年代に儀礼書や式文を改訂し、より日本の現状に則した内容へ変化させた(2)。その内容からは、日本の「先祖祭祀」を単なる偶像崇拝とは見なさず、逆にこれへ適応した取り組みを示していることが読み取れるだろう。
 それでは、キリスト教式葬儀の具体例を「式次第」によって確認しよう。葬送儀礼は、「納棺式・前夜式・葬式・火葬(納骨)式」などから成り立つが、葬式に該当する部分をとくに見ておこう。
 まずは、カトリック教会の「葬儀ミサ」と「告別」である。
 ミサは「司式司祭入堂、奏楽、集会祈願、聖書朗読(コリ二5:1-6)、福音(ヨハネ14:1-6)、説教、聖歌(442番)、奉納祈願、叙唱、奉献文、交わりの儀、聖体拝領、奏楽、拝領祈願」である。
 告別式は「聖歌(658番)、祈り、献香、司式司祭退堂、弔電拝読、謝辞、献花、聖歌(660番)」である。
 このように、宗教儀礼であるミサの後、司祭退堂の後に具体的な告別式が行われているが、後者も宗教色は強い。
 また、教団の「告別式」例は次の通りである。「前奏、聖書、讃美歌(489番)、聖書(詩編90)、祈祷、式辞、祈祷、讃美歌(404番)、弔辞・弔電、頌栄(541番)、終祷、挨拶、告別(献花)」。
 逝去してから一年後などに行われる「記念会」は回忌供養と同一視して「拒否」する教派もあるが、多くの教派では実施している。その式次第の例を挙げよう。「前奏(黙祷)、讃美歌(320番)、聖書(創世25:10-22、コリ二5:6-10)、祈祷、説教、祈祷、讃美歌(312番)、感話、頌栄(541番)、終祷、後奏(黙祷)、遺族挨拶」である。
 これも告別式と大きな相違はない。幾つかの教派を概観しても同様の傾向である。故人が好きだった讃美歌を歌うことや、聖書と讃美歌の箇所が若干変わることがある程度で、多くの告別式・記念会は、このような順序で行われており、通常の礼拝と大差はない。もちろん、これらは礼拝として行われるのだから当然だとも言えよう。

 続いて、1980年代半ばに実施された宗教意識調査のうち、仏壇保持に関する部分を検討しよう(3)。この調査によれば、クリスチャン・ノンクリスチャンとも、仏壇を持っている者と仏壇を持っていない者−概ね、近親物故者がいるかいないかという区分に対応する−を比較すると、前者が「先祖祭祀」観を強く持っているという。
 報告者自身、仏壇を持つクリスチャンへ何人もインタビューしている。そこでは、礼拝へ熱心に通う教会役員を務めるようなクリスチャンであっても、配偶者を失った場合の心の拠り所として、仏壇の有用性を述べる者がいた。彼らにとって仏壇は、曼陀羅や仏像など本尊が収められている施設だから大切だというわけではない。故人が大切にしていたモノなので大切に保管したいとか、位牌や写真など近親物故者の思い出が収められている施設だから重んずると述べている。一方で、仏壇を処分したいがどうしようかと悩むクリスチャンもいる。積極的保持ばかりではないのである。
 このようなクリスチャンたちの現実の思いに対して、それぞれの教会指導者たちは、さまざまな対応をとっているだろう。ここで注目したいのは、現代においても仏壇の保持が問題となっている点である。いわゆる明治初期のクリスチャンではなく、平成期のクリスチャンも仏壇をめぐって葛藤を感じる者がいるのである。
 カトリック教会などでは代替物として小さな祭壇を提供しており、それを利用するクリスチャンもいる。だが、それですぐに解決ということでもない。「キリスト教における死」の理解が「個人的体験としての死」において、うまく結びついていないからである。そこで、今一度、日本社会の「先祖祭祀」との関係を問い直されなければならないだろう。

 3.2 墓地

 墓地は設置場所や形態などさまざまに分類できる。設置場所別には、敷地内全てがクリスチャンである「キリスト教霊園」、公営霊園など共葬地内に各個教会が専用場所を持つ「教会墓地」に分けられる。形態別には、「納骨堂」と「墓」に区分される。現代日本ではほとんどが火葬であり、焼骨を骨壺に入れて地上に収納する「納骨堂」と、墓石の下のカロート(納骨函)へ骨壺を埋蔵する「墓」である。またこの「墓」も、教会員及びその関係者が利用できる「共同墓」と、教会員が個々に持つ「イエ墓・個人墓」に分けられる。
 以下、東北地方・関東地方・沖縄地方の事例を見ていこう。

 東北地方には、教派を超えた複数の教会が共同で墓地を造成する例が幾つも見られる。その一つが「盛岡キリスト教合同墓苑」である。盛岡市内28教会のうち、超教派の組織・日本キリスト協議会(NCC)に所属する教派の8教会が盛岡キリスト教合同墓苑組合を組織し、墓苑を管理している。墓苑の整備や墓苑維持料管理の他、毎年イースターの早朝に、合同墓苑礼拝を実施している。
 その墓苑は市営の火葬場に隣接している。戦前から一部のクリスチャンたちが利用していた場所を市から買い取り、1977年に墓苑組合を結成した8教派によって墓地が造成されたものである。この墓苑内は各教会による教会墓地もあるが、ほとんどはイエ墓・個人墓である。設立から現在まで、墓地使用数は2割程度しか増加していない。墓地の管理者になったノンクリスチャンが市外へ転居した際、放置される事例も見られた。さらには、合同墓苑礼拝への参加も設立当初に比べ、現在は形骸化しているようにも見える。

 関東地方には、ラザロ霊園というキリスト教霊園がある(3)。これは、千葉県東葛飾郡の山間に建設され、我孫子バプテスト教会という一つの教会が管理している。
 1984年に開園後、需要が多かったため増設工事が繰り返され、合計5000u規模となった。最寄り駅からは車で15分程度離れているが、東京から30q圏内、1時間半程度で行けるため、県外の教会も利用している。霊園内にはノンクリスチャン向けに『墓参の心得』という看板がある。「当霊園内においては、一切の偶像礼拝を禁じます。天地の創造主なる神と御子イエスキリストの御名のみがほめたたえられますように」などと掲示されている。
 この霊園内はイエ墓・個人墓もあるが、教会墓地が多い。教派を問わずクリスチャンなら誰でも利用可能であるため、NCC系ばかりではなく、多くの教派の教会が利用している。そして、イースターやペンテコステ、クリスマスなどの機会に、各教会は墓前礼拝を行っている。1998年と2000年のイースター(及び翌週)における報告者の観察によれば、教会墓地を持つ教会の4分の1程度が、それぞれ墓前礼拝を行っていた。

 また、東京では公営霊園が早くから造成されたが、ここを利用しているところもある。
 教団の東京教区は1957年、「キリスト者の墓」を都営小平霊園内に建設した。2000名以上の骨壺を埋蔵できるスペースを確保し、春秋の墓前礼拝なども行っているが、教会墓地も各教会で建設され、現在は1000名程度が利用するに止まっている。
 教団の聖ヶ丘教会は、1971年同霊園内に自らの教会墓地を建造した。同教会からは電車で1時間ほど離れている。同教会では「教会墓所のしおり」を作り、会員へ広くこれを伝えている。それによると、資格は教会員・教会員の配偶者及び2親等以内の親族・教会執事会の承認を得た者となっている。他教会における教会墓地使用資格も、基本的にはこれに近いものである。

 沖縄は他地域に比べると納骨堂を保持する教会が多い。カトリック教会は1990年、教会堂近くに140箇所の骨壺を収蔵する納骨堂を建設した。那覇市近郊の教団の教会は、隣接村の墓域内に1965年100箇所の納骨室ロッカーを収めた納骨堂を建設した。また、教会敷地内に納骨堂を持つ教会もある。
 日本の教会の多くは都市部に多く位置している。近年は納骨堂を建設する教会も少なくない。東北地方や関東・関西地方他、各所で納骨堂は見られる。だが、報告者の観察する限り、地上での収蔵という納骨堂独特の埋葬形態は、クリスチャンたちに受け入れられているとは言いがたかった。自らの墓地を求めるまでの一時的な保管場所と考えているクリスチャンも多かった。建物の周りを土で固めて芝を植えた納骨堂や、土の中に埋葬するような外観にするといった工夫した納骨堂もあった。
 だが、沖縄のクリスチャンは、納骨堂に違和感を感じないという者も少なからずいた。「先祖の墓はあるけれど、自分は疎遠だから入りたくないし、清明祭にもいかない」と発言したクリスチャンは、教会の納骨堂を予約して安心したとも述べていた。
 納骨堂という形態については、今後さらに検討する必要があるだろう。

4.小括

 葬儀・仏壇・墓地など「死と葬り」に関する具体的な事例を見てきた。多くは、「変換」型対応であり、クリスチャンたちの現実に合うような対応がとられていることが確認された。
 最後にアイデンティティに関連して「信仰の継承」の問題に触れたい。
 旧新両教を問わず、夫婦がクリスチャンである「クリスチャンホーム」の重要性は、教会指導者も信徒自身も述べていた。だが、報告者の調査では、人数が極めて少ない教会は例外として、クリスチャンホームの割合は教会員全体の半数未満という教会が多いようである。
 クリスチャンホームが多くないということは、家族で一人だけのクリスチャンが多いということである。これは、現代日本では、個々人が自らの信仰を守ることは十分可能なのだと読み替えることもできるだろう。さらに、クリスチャンホームでも、子供にキリスト教信仰を強く求めるクリスチャンはあまりいなかった。つまり、クリスチャンたちは、キリスト教が「イエの宗教」となることに積極的賛成はしていないということが言えるだろう。すなわち、キリスト教は個人の信仰告白が基本である以上、信仰が家庭内で継承されることは、望ましいが強制されるものではないという意識を持っているクリスチャンが多いということ示すものだろう。
 墓の問題に関して、「イエ墓・個人墓」の問題はどの教派でもある程度共通していると言えよう。「墓の継承」が問題となっているということである。そしてこれは「信仰の継承」につながる。
 カトリック教会や教団のように伝統的教派の場合、親や祖父母がすでにクリスチャンで自らは二代目、三代目だという者も多い。彼らの意識には、信仰がすでに「イエの宗教」として形骸化している可能性もあるだろう。その場合、「お盆に墓参する」というノンクリスチャンと似たような行動をとる者も出現する。仏壇の有無によってクリスチャンの行動がノンクリスチャンと似ていることが思い出される。
 「先祖祭祀」が現代日本で続く理由として、先祖から自己そして子孫へと続く自らのアイデンティティの存立根拠になっているという先祖観が指摘され、これを社会的規範性の面で検証すべく、墓制を中心に調査研究も進めてきた者もいる(5)。
 報告者の調査によれば、クリスチャンたちは教会墓地を、キリスト教信仰の証、葬りに関するキリスト教的意味づけの提示、現実的な必要性などの面で必要だと述べている。とくに前二者は信仰アイデンティティに関連するものだろう。だが、その信仰が継承へと直ちに結びつかないのはなぜだろう。
 日本では「先祖祭祀」もいわゆる「死者供養」の形ばかりではなく、近親者の「追慕」としての死者祭祀が広く行われているようになっているという指摘がなされて久しい。だが、教会指導者たちには、旧来の「先祖祭祀」を拒否するだけで、信徒の関心と乖離しているものも見うけられる。教会指導者がこの問題にうまく対処しきれておらず、一方の信徒たちも、自らの生活と信仰を分けて考え行動している様子が、これまでの具体的事例などから指摘できるだろう。
 報告者は、墓の継承ではなく、信仰の継承を考察することが、キリスト教受容における現代の重大な課題だと考える。そして、自らの信仰と墓地、そして信仰と死・葬りについて結びつけて意識・行動しているようなクリスチャンが多いとは言えない日本のキリスト教は、「ゆりかごから墓場まで」の宗教ではないのだろうと思う。
 信徒数を宗教的受容の指標とするならば、今まで議論してきたような伝統的教派は、現代日本において、必ずしも成功しているとは言い難い。それどころか、停滞しているくらいである。これに比べ、1970年代以降、聖霊派・福音派と呼ばれる教派の教会は、日本においても信徒数・教会数を増加させている。報告者はこれら教派ではあまり調査をしていないが、幾つかの教会墓地を見学したところ、伝統的教派のものと変わったものでもないことは分かった。まだ、信徒の世代交替が多くなされていないから「死と葬り」に関しては今後の課題という見方もできるので、これらの教派についても、今後さらに調査を進めて考察していきたい。

 (1)川又俊則「キリスト教受容の現代的課題−死者儀礼、とくに墓地を中心に」(『宗教研究』326号、25-47頁、2000年)
 (2)待井扶美子「キリスト教葬儀の変遷」(『印度学宗教学会論集』26号、57-75頁、1999年)。
 (3)Reid,David(New Wine. Berkeley:Asian Humanities Press.1991)
 (4)川又俊則「キリスト教会の日本社会への適応−東北・関東の教会墓地を中心に」(『国立歴史民俗博物館研究報告』91集、8月刊行予定、2001年)
 (5)孝本貢『現代日本における先祖祭祀』(御茶の水書房、2001年)


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