書評と新刊紹介 Mark R. Mullins
Christianity Made in Japan : A Study of Indigenous
Movements.
University of Hawaii Press. Honolulu 1998,278pp.,$24.95
本書は、著者がこれまで取り組んできた「土着型キリスト教」に関する事例研究に、理論的枠組を提示した上でまとめたものである。著者は幼いときに来日し、北米と日本の宗教の交流に関心を持つようになった。そして、アメリカやカナダでの禅仏教や浄土真宗の伝道の研究や、アジアの文化や宗教と出会ったキリスト教の多様な局面を研究してきた。その後、日本における「土着型キリスト教」研究を開拓してきたのである。
日本においてキリスト教に関する実証的研究というと、戦前はキリシタンの研究、戦後は森岡清美とその門下生を中心としたプロテスタント教会・土着化の研究、あるいは安齋伸や鈴木範久のカトリック教会・集団改宗研究などが挙げられる。さらに、内村鑑三や賀川豊彦など名高い伝道者に関する研究は、武田清子他、その成果は枚挙に暇がない。
だが近年、例えば民俗宗教としてキリスト教をとらえたもの(宮崎賢太郎『カクレキリシタンの信仰世界』、池上良正『悪霊と聖霊の舞台』)はあっても、それ以外の実証研究は多いとは言えない。また、従来の研究は伝統的教派を対象としたものが大半で、聖霊派・福音派などの教派の調査報告も少なく、キリスト教の実証研究はいわば閉塞したような雰囲気だったように思われる。その意味で、著者が「土着型キリスト教」と名付ける日本発のキリスト教に関して、このような緻密な調査に基づいた論考が提出されたことは、画期的なことなのである。
本書のテーマは、著者自身が「土着型キリスト教運動の一般理論を発展させることではな」く、「その出現・性格・発展の基本的な問いに対する解答を示すこと」だと述べている。つまり、社会学の視座に立ちつつ、具体的な事例に即して「キリスト教を受け入れた日本人が、なぜ宣教師や伝統を受け入れないのか。その過程でカリスマ的指導者の役割はどうだったか。日本人キリスト者によって発展した社会改革は何か。日本人キリスト者が自らのキリスト教信仰と未信者時代の宗教伝統との関係をどのように理解するか。土着型キリスト教の発展でどのような新しい儀礼が制度化されるか」などの問いに答えていくことだという(一○頁)。
そこで評者は本稿で、本書の内容を素描することに力を注ぎたい。そして最後に、若干の問いを記すことにした。以下で紹介するような「土着型キリスト教」の各教派について、多くの読者はその存在すら知らないだろう。その章に若干重きをおいて説明する。
以下、各章の概略を述べていく。
第一章は「世界宗教としてのキリスト教と土着的動向」として、本書全体の見取り図が示されている。本書の著者の関心は「世界宗教が一つの文化から他の文化へ移植する際に何がおこるのか」であり(一頁)、本書全体が社会学的考察によることや、主にプロテスタンティズム渡来後が研究対象となるものの、それ以前の日本の文化的社会的文脈も視野に入っていることや、世界宗教であるキリスト教において、日本という地域において土着的運動がいかに生まれたのかをとらえる方法などが述べられている。なお、本書での土着化(indigenization)は「外国生まれの宗教が、土着の宗教や文化の接触を通して変換する過程」を指している(六頁)。
第二章は「日本におけるキリスト教の社会的起源」として、日本におけるキリスト教受容の展開過程を追っている。
まず、近世におけるカトリシズムから近代のプロテスタンティズムの布教までが簡潔に記されている。とくに後者は、最初、超教派的だったものが後に教派的と変わっていく。さらに、横浜・熊本・札幌の三つのバンドが登場し、宣教師ばかりではなく日本人信徒たちの宣教が始まった。だがいずれも「外来宗教」としてのキリスト教であった。これに対し、内村の無教会運動以降、二○世紀に「土着型キリスト教」が登場し、本書ではそのうち十三教派が挙げられている(二五頁)。
著者は各教派を独自の土着化類型で分類した。その際、セクト的かデノミネーション的かという点と、変化の程度が土着的か非土着的かという点をクロスさせた(二六頁)。その結果、土着的セクトはイエス之御霊教会、非土着的セクトは統一教会やエホバの証人他、土着的デノミネーションは無教会運動や基督心宗教団・道会・原始福音、非土着的デノミネーションは日本基督教団・カトリック教会・日本聖公会他、と分類した。本書ではそのなかで、「土着的」な事例を考察しているのである。
第三章の「カリスマ派、小教会の創設者、土着化的運動」は、土着型教派の特徴が述べられている。例えば、日本のキリスト教を観察する上で気をつけなければいけないのは、欧米のように定着した状況ではなく、新宗教的側面を持つ点である。そして、土着型キリスト教の出現を可能にした輸入品的要素と国産品要素や、固有の文化と宗教伝統の問題などが示され、また、日本におけるナショナリズムの高揚により、反西欧・脱西欧の土着型キリスト教が、カリスマ的指導者を生むことになったと指摘している。さらに、各教派の創始者たちがそれぞれ受けている西洋と土着の影響を、表三に示した(四二頁)。土着の影響として、儒教や神道、先祖祭祀、シャーマニズムなどが挙げられている。また、創始者たちの世界観として現世と霊的世界の二分法的な点も指摘している。
第四章は「日本的キリスト教の源泉」として、内村と無教会運動について詳述し、その重要性を述べている。それは、次章以降で取り上げる教派に多大な影響を与えたからである。日本のキリスト教はいわゆるホワイトカラー層に受容されたことは広く知られている。だがこの土着型運動は、大衆運動の基礎とはならなかった。それは、教会組織・宗教的権威を否定する傾向を持っており、「使徒的キリスト教」を取り戻す方向へ向かったのである。
第五章では「自己修養の道としてのキリスト教」として、松村介石と道会、および、川合信水と基督心宗教団、という二つの教派とその指導者に関して考察している。ともにキリスト教を「道」として理解し、宗教生活での自己修養を重視したという共通点がある。
江戸末期、兵庫の明石に士族の子として生まれた松村介石は、宣教師から英語を学ぶとともにキリスト教と出会った。その教義にも熱心に取り組む彼は、あるときキリスト教の神が天帝に他ならないという啓示を受け、受洗に至った。日本の伝統に対峙する宣教師たちと衝突した松村は、神学校を辞め、『福音新報』の執筆や英語の教員を経て、一九○五年、四七歳のとき、日本のため新しいキリスト教を伝え、独立教会を始めることにした。そして『道』という雑誌を刊行した。松村自身は「新しい宗教」と呼ぶこの運動では、「信神・修徳・愛隣・永生」という四綱領が日常生活の基本とされた。一五年には渋谷・神山に拝天堂という施設を建てた。教えや儀礼には、陽明学や神道の影響が強く、第二次世界大戦前、「キリスト教の匂い」がほとんどない教派だったという。
川合信水も江戸末期に山梨で生まれ、二二歳でキリスト教と出会った。一年間で家族内の五人もが重病・死という不幸に出会った彼は、新約聖書における「山上の説教」の部分に癒された。そしてメソジスト教会で洗礼を受けた。東北学院で押川方義に学んだ川合は、その後しばらく仙台で過ごした。彼は神学研究に励む一方で、二年ほど毎夕五、六時間瞑想を続けた。そして「神を見る」という経験をした。三六歳のときからキリスト教の講義を二○年続けてきたグンゼという会社で、二七年に基督心宗教団を設立した。川合は「七大誓願」という神に対する誓いとともに、「祈り・瞑想・霊的聖書研究」を実践すべきとした。
この二教派の内容を見るてみると、西洋の伝統や思考とは別のあり方を示すものもあり、個人の宗教経験の重要性を訴えるという特徴を持つ。またミッションの支配を絶ち切り、西洋の儀礼と同様にアジアの宗教伝統を志向していた。
第六章は「日本版使徒的キリスト教」として、前章の二教派の後、一九三○〜四○年代に成立した土着型教派のうち三つ、すなわち、イエス之御霊教会・聖イエス会・原始福音(幕屋)を扱った。なお、それ以外の教派については本書の幾つかの箇所や文献目録で紹介している。
村井純はメソジスト教会の牧師の次男として生まれ、青山学院で学んだ。だが自殺をしようとした直前、聖霊の存在を感じまた異言を発した。この経験から迷いが消えた彼は、信仰に生きるようになった。そして、イエス之御霊教会を四一年に立てた。この教派は、ペンテコステの影響があり、ヒーリングや異言を重視しているという特徴がある。
一九○六年生まれの大槻武二は中学時代に受洗し、ホーリネス教会へ通った。その中心的人物中田重治の影響を受けた大槻は、満州での伝道生活のある夜、意識を失いイエスとともにあるという体験をする。そして、第二次大戦後、主からの啓示を受け、聖イエス会を創始した。この教派では伝統的なキリスト教会が行う堅信礼、結婚式などの儀礼の他に、例えば七五三が行われる十一月に幼児祝福式を行うなど必要と思われる儀礼を遂行している。
手島郁郎は内村の弟子だが、無教会運動にもミッションの教会にも不足している要素を多く感じ、とくに生きた信仰を重視して、四八年から『生命の光』という独自の雑誌を刊行し始め、原始福音(幕屋)というグループを創始した。
それぞれ独自の儀礼を行い、運動を展開しているが、いずれにせよ、これらの教派は多様な土着/外国の要素を結びつけ「使徒的キリスト教」を形成しているのであった。
第七章は「日本のキリスト者と死者の世界」について、詳しく考察している。NHKの「現代日本人の意識構造」調査では、信仰を持つ者が一割に過ぎないのに対し、祖先との結びつきを感じ、仏壇を保持し、墓参などの儀礼へ参加する者が六割から七割を占めていることから、一般的な日本人は、死者たる祖先に対し信仰というより尊敬の表れであることが見出した。また、新宗教運動や漫画など大衆文化においても、死者の霊あるいは水子の供養が見られ、日本が死者に関与する文化であることが示された。
これに対し、プロテスタンティズム渡来当初は、仏壇や神棚を焼却する事例も見られ、死者への従来の対応は「偶像崇拝」として否定された。これは、核家族で育った宣教師たちは、短期間しか日本での生活を経験せず、その日本では、イエ制度という拡大家族において、毎年行われる春秋の彼岸や盆行事、そして死者が出るとその日の一年後、三年後などと続く長期にわたる法事があるという認識の差異から生ずるとも言えるだろう。
土着型キリスト教各教派は、死者儀礼に対し、それぞれ色々な対応をとっている。例えばイエス之御霊教会では、改宗者には位牌を焼却させるが、祖先を決して否定しておらず、身代わり洗礼を受けさせている。聖イエス教会では「祖先崇敬について」という章を設けた手引き書を出したり、逝去した家族員の写真を礼拝のときにならべ「身代わりのミサ」を行っている。原始福音でも「キリスト教では死者を崇拝しませんが、死者の永遠の平和を神に祈ります」と説明している。基督心宗教団では、キリスト教の信仰と祖先崇敬は対峙するものではないとして、信徒が仏壇を保持し続けることを認めている。また、これらの創始者たちは、新約聖書の「ペトロへの手紙一」の三章一八〜二二節、同四章六節に着目し、死者のいる霊的世界でも救済されると見なすなど、日本人の視点による聖書解釈を提示している。さらに創始者が逝去した教派では、その日を追悼し、本書で取り上げた全ての教派では、死に関する儀礼を遂行している。また、その半数では、救済が霊的世界へ拡大され、家族祭壇も準備している。
第八章「成長と衰退の比較」は、土着型以外の教派を含めた考察である。
日本基督教団や日本聖公会など伝統的教派が第二次大戦後のキリスト教ブームの後、信徒数が停滞しているのに対し、福音派の教派などでは近年信者数を大きく伸ばしている。 そして、土着型教派の現状と問題点が挙げられている。簡単に記せば次の通りである。
無教会は一九五七年頃、信者数五万人との推定もあるが、現在は五○○○人程度が活動しているに過ぎない。道会は三六年が最大四三○○人。現在は「道」を千部発行しているものの、活動メンバーは三○○人程度である。基督心宗教団は、六○年には三○○○人ほどの信者がいたが、現在は一三一五人である。最も大きな東京教会ですら、礼拝出席者は二○人程度である。この三教派はいずれも、高齢化と後継者難という問題を抱えている。
イエス之御霊教会は第二次大戦後の五八年で二万八○○○人の信者がおり、その後も伸び、九○年代初めには四二万人だという。だが、熱心に活動しているメンバーは多くはない。原始福音はカルロラーダの研究によれば七○年代で六万人いたという。現在でも一万人ほどいて、九四の集団が活動している。聖イエス会は順調に成長し、現在も一万人おり、礼拝参加の割合も他教派と比べると多い。だが、若者が減少している。日曜学校の出席者を八六年と九五年を比較すると中学生で三割、小学生で四割減となっている。
日本のキリスト教が直面する困難として、北米のキリスト教とは異なり、「新しい宗教」であるという文脈は無視できない。ロドニー=スタークが見出した新宗教継続の八つの条件のうち、日本のキリスト教において重要なものを著者は三つ挙げた。それは、習慣的な信仰の継続・中程度の緊張・存するに適した環境である。
また、多くの研究者たちに、日本社会とは文化的に断絶状態にあると見なされてきたキリスト教は、一方で隣国の韓国において浸透している。韓国では、人口の四分の一がキリスト教信徒である。それは、民族的アイデンティティと結びつき、反権力的存在となって人々の心を勝ち得たのである。その韓国のキリスト教の教派が、日本へ進出している。例えばヨイド純福音教会がある。この信者の多くは日本で働く韓国人だが、教会によっては日本人が多いところもある。これは今後も増えていくだろう。
第九章「広いコンテクストにおける日本のキリスト教」は本書の総括として、これまでの事例を、より広い視座でまとめている。
土着型キリスト教とは、主体的にキリスト教信仰を再解釈・再構築したものである。これをシンクレティズムや逸脱と見なす向きもあるが、創始者たちは自分なりに精緻化しているし、すでにこのような衝突は、二世紀のギリシアなど各地でおこり、解決済みのこととも思われる。
土着型キリスト教は、神学・実践・礼拝の形ばかりでなく、組織・性役割の点でも他と異なっている。内村は儒教的なモデルを採用したが、その男性が支配的なモデルが他教派にも広がった。それは、礼拝堂で座る位置が男女で分けられることなどで表れている。また、カリスマ的指導者の死後、後継者はその家族が多いという特徴もある。
一方、近年では、キリスト教式結婚式も増加したり、天祖光教・オウム真理教・幸福の科学などキリスト教の要素を一部利用する新宗教もある。キリスト教は日本文化にさまざまな形で浸透しているのである。
以上が本書の概要である。不十分かもしれないが、それは評者の力不足ということでお詫びするとともに、関心を持たれた読者は、是非一読されることをお勧めしたい。
最後に、本書の課題として次の三点を挙げておく。
一つ目は、これほど丁寧に各教派・指導者が詳述され、そしてその背景に多くの文献やインタビュー資料があることが明白なのにもかかわらず、これら教派の指導者に対して「各教派の信徒たち」がどのような意識を持ち、行動をとっているのかが明確に描かれていない点である。八・九章での死者儀礼に関する部分や、教派の現状・問題点指摘の部分などで信徒たちの実態の一部を知ることができる。だが、評者が行った伝統的教派の調査でも、指導者側と信徒側との意識・行動の差異は大変興味深かったことを鑑みれば、この土着型キリスト教でも、信徒たちの行動を見聞きした結果を示すことで、読者はその実態をより多角的に理解できたのではないだろうか。少なくとも信徒数の他に、その属性なども示してほしかった。
二つ目は、本書で紹介された土着型キリスト教以外の教派を視野に入れた場合、この土着型の特徴は、土着型ゆえの特徴と言えるかどうか疑問に思った点である。例えば、美濃ミッションは宣教師が立ちあげた教派だが、現在では日本人の指導者中心に独特の行動をとっている。これを土着型と比べると、違いも多いが相似点もだいぶあるように思える。一方、日本基督教団などの伝統的教派に属する教会指導者でも、例えば死者儀礼に関して、土着型と似たような試みを実践する者はいる。宣教師たちや明治期の日本人指導者たちとの土着型の対比は判明したが、「現代」を視座に入れた場合、本書で取り上げた土着型教派と他の教派との差異は明確と言えるのだろうか。
三つ目として、文献資料は、各教派の一次・二次資料、研究文献などが本書末にも詳しく紹介され、引用も明示されているのだが、インタビュー資料の扱いで「いつ・だれが」という部分を示していない点である。文献収集・参与観察・インタビューが本書の調査の中心であることは冒頭に示されているが、社会学的研究として調査法の部分をもう少し詳しく示してほしかった。
とは言え、最後の問題点は評者が著者に近い研究をしていることと、調査法に強い関心を持っていることからくる問いだろう。また前二者の問題は、本書が登場したことによって、今後、我々により多くの課題が見つかったという指摘に過ぎず、本書自体の価値を減ずるものではない。ミクロの視点で調査を行いつつ、常にマクロの視点で理論的分析を行う著者によって描かれた本書から、多くを学んだ評者は、日本のキリスト教の実証研究に従事する者として、自ら研究に生かしていきたいと思う。
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