論文の目次と要旨(概ね200字) (01/3/5現在)・・・作成中
2.学位論文
| 現代キリスト教信徒にとっての死者儀礼−大森めぐみ教会の事例を中心として 要旨(400字×12枚) |
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| 01 | 本論文の目的は、現代の日本においてキリスト教がどの程度受容されているかという問題点に関して、死者儀礼という面からアプローチしたものである。 まず、死者儀礼という用語の定義をしておく。本論文では単なる葬式のみを指しているのではない。葬式・記念会・墓参等を含めた広い概念で使用している。類似の用語としては先祖祭祀や祖先崇拝が挙げられる。これらの用語は、単に死者を追慕するのではなく、亡くなってから祖霊となるまでの供養の側面があり、その霊は祟るもの或いは子孫の繁栄の為に加護をもたらす守護神的存在であるという認識を含んでいる。しかし、キリスト教ではこれらは到底認められまい。そこで、中立的概念として死者儀礼をそれと対応する用語として使用しているのである。 現代において、キリスト教は年中行事(クリスマス)、通過儀礼(結婚式)、教育(キリスト教主義学校)等での、いわゆる文化的受容はなされていると見なせるだろう。しかし、実際の信徒数はいまだに総人口の1%弱で推移している。旧教の渡来から400 年、新教の渡来からでも100 年を経た現在、信徒数が大きく伸びていないキリスト教信徒が、死者儀礼といかに関わっているかを考察することは適当だと考える。なぜなら、例えば死者の埋葬をめぐって、江戸末期には浦上四番崩れという事件がおきた。明治初期にも仏壇を投棄したり、キリスト教式の葬儀実行にともない裁判を受けたりと、それまでの死者儀礼のやり方と対峙しているケースが顕在化していた。一方、現代ではそのようなことがあまり公けになっていないように感じられる。しかし、それは消滅したからではなく潜在化しているからかもしれない。そこで、一つの教会における調査を事例にして、現代のキリスト教信徒が、死者儀礼とどのように関わっているかを考察していくのが、本論文の大きな目的となるのである。 方法としては、調査票をもとにした数量分析(以下「会員調査」と呼ぶ)が主である。これは森岡清美成城大学教授と磯岡哲也淑徳大学助教授が作成し、1991年9月下旬に配付し、郵送で返送された。210 名の有効回答数を得、有効回答率は61.8%であった。この調査の主たる目的は教会教育の成果を確認することにあり、その点については森岡教授が岩村牧師と共著で報告書を出版されるのでここでは割愛し、本論文では死者儀礼に関する部分に焦点をあてる。 一方で、筆者の中心的関心は信徒が抱えている問題点にあり、各人により事情が異なってくるため、数量分析では捉えきれない部分がある。幸い仏壇に関する座談会が92年4、6月に行われ、それぞれ27名、33名の出席者があった。そこでの話題から、筆者は座談会データというものを作成し、また個別に面接して補充した。これにより、先にみた全体の分析に加え、具体的な質的分析を行ったのである。 さて、事例として取り上げた大森めぐみ教会は、新教の中でも多数の信徒を擁する日本基督教団に所属する東京教区の教会である。同教団所属の都内277 教会の中では、現住陪餐会員数で上位9番目(92年3月31日現在)である。岩村清四郎、信二牧師が親子2代にわたって教会教育を実践してきており、創立65年を越える教会である。 以下、分析考察について記述するが、本論文では死者儀礼を考察すると言っても、特に仏壇や墓地という宗教施設と先祖観についてを分けて考えていく。 さて、「会員調査」によれば、32%の世帯では仏壇を保持している。他の教会で同様の調査がなされていないので、この率が高いか低いかは一概に言えない。しかし、この調査における神棚の保持は8%であることから、家庭内の宗教施設では仏壇処理の問題が信徒にとってより大きいものであると言えよう。 キリスト教信徒として初代か2代目以上かという点は重要である。というのは、初代ならばその上の世代は非信徒(一般には仏教徒であることが多い)であり、それまで行われてきた宗教儀礼や現存する施設との対応に悩むことになるだろう。しかし、2代目以上では宗教的家庭環境が整い、上記のような問題点は少なくなるのではないか。初代で仏壇がある人は43%、ない人は57%、2代目以上ではある人11%、ない人89%で、この予想が裏打ちされた。また、仏壇を処理した人は初代が12名、2代目以上が3名で、仏壇に関する問題は初代の信徒におけるものであると言えよう。 家の宗教を聞いたところ、仏壇がない人は64%がキリスト教、7%が仏教、26%が家の宗教なしであった。仏壇がある人は37%がキリスト教、57%が仏教、6%が家の宗教なしであった。これにより、仏壇有無が家の宗教に関係することが推定される。 座談会データにより、31名の具体的事例を見ていく。まず、その契機は継承と創設という二つに区分される。創設した者のうち受洗後にという2例では、「親や祖先を思う気持ちを形に表したくて設置。兄弟や子供が盆、正月に仏壇の前に集まり、O家の拠り所になっている」「義父の遺骨を祀る場所がないので義母が購入。祖先が仏教徒だったので、尊ぶ精神の表れである」と述べている。 また、仏壇がある人の中で親と同居している場合は6名すべてが何らかの世話をしており、死別している人11名69%が世話をしているが、5名31%は世話をしていない。 仏壇を処理した人に契機を聞くと、別居(結婚、転居)・管理者の死亡・受洗・火事が挙げられた。積極的な処理としては受洗によるものが挙げられるが、今回は全て世帯主の受洗により処理できたというものであった。仏壇は継承された場合、特に近親が厚く世話をしていたものなら心情的に処理しにくくなろう。 キリスト教祭壇により代替するという方法があると筆者は考えるのだが、記念コーナーというような形で写真や十字架を置く世帯は27%あるのに対し、祭壇は5%しかないのであった。家庭内宗教施設においては仏壇の残存と祭壇設置の少なさが問題点として挙げられる。 さて、家庭外宗教施設について、墓地の考察をしていく。まず、東京教区の75教会について教会墓地を保持しているかどうか、予備的調査をしたが、77%が保持していた。しかし、大森めぐみ教会のように教会敷地内に墓地を保持する例は3例のみであった。多くは既存の霊園に専用の区画を墓地として使用している。冨士霊園など郊外にある霊園を保持している教会も多い。また信徒数が251 名以上の教会では19教会全てが墓地を保持していた。 教会敷地内に納骨堂を持つ大森めぐみ教会は、他と比べて恵まれた方であるが、ロッカー式が200 個あるうち利用数59個(30%)と少ない。それは、墓地のある82%の教会員はすでに、仏教の墓地(41%)や、無宗派の墓地(34%)を持っているからだと言えよう。墓地を改葬したという例は少ない。生前購入のパターンとしては、教会の納骨堂予約の他に、無宗派霊園購入が多い。それは、「祖父母は真宗のお寺に、父母はめぐみ教会にというのでは、子供が面倒だし、ややこしいでしょうから、両親も私たちも宗派に関係なく入れるところを確保したい」という話に代表されると思われる。墓地は継承を前提に考えているのである。しかも、クリスチャンホームでない(それを目指ささない)ケースでは、無宗派こそが衝突のおきない理想の墓地ということになる。 さて、キリスト教信徒に大きく影響してきたのは、仏教様式の死者儀礼であるが、その基底には日本人の先祖観があると思われる。そこで、孝本貢等の研究に依拠しつつ、現代の先祖祭祀というものを見ていこう。 すると、伝統的な「家」を維持継承していくための規範的・守護神的な機能から、夫婦家族制が一般的となった現代では状況適合的・思慕的な機能へと変容していること、しかし、なお「間人主義」的な人間観があるため先祖祭祀自体は維持されていることが指摘された。 筆者は維持されている点に注目し、これが現代のキリスト教信徒にも影響を与えていると考える。「会員調査」の「祖先を敬い、記念することは、大事なことと思うか」という質問に対して、85%の人が賛成している。先に見たように、仏壇を保持している理由として、故人が仏壇を大切に扱っていたことや故人を記念するために、仏教徒の親族のためにといったことを挙げている信徒がいる。そこには世間一般の人と同様に、先祖への思慕・敬意の場所として仏壇が存在しているという点で肯定的に捉えている例もある。ただ、68%は仏壇がない生活を過ごしているわけだから、彼らだけあるということについてはは更に考察を深めねばならない課題である。 牧師の方では毎月第一日曜に行う死者のための祈りや納骨堂の設置などによって、死者儀礼にキリスト教的意味付けを行って信徒に提示している。しかし、信徒自身は先に見たとおり、現実的な処理をするケースが多く、牧師の意味付けを必ずしも忠実に実践しているとは言いがたいのが現状である。 農村部におけるキリスト教教会の土着化に関する調査は1950年代から70年代にかけて幾つか行われてきた。しかし、都市部に関するそれは殆どない。よって、上記のように考察してきたことは、他の調査によって比較し、より深めていくことが望まれる。また、旧教の教会についても当然視野に入れていかねばならないだろう。これらが、今後の課題となっていく。 |
3.雑誌論文
| サブタイトル付き題目 | |||||
| 19 | キリスト教会の日本社会への適応−東北・関東の教会墓地を中心に
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| 18 | 昭和前期の宗教世界−荒川区の事例より
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| 17 | 短大生による社会学の実践−写真観察法レポートの試み
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| 16 | キリスト教受容の現代的課題−死者儀礼、とくに墓地を中心に 要旨400字
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| 15 | 信者とその周辺−クリスチャンの自分史を中心に (要旨400字×4枚)
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| 14 | 宗教調査論・展開編−ライフヒストリーの導入に関する試論
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| 13 | <牧師夫人>が抱える諸問題に関する一考察−当事者たちの実態調査を中心に
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| 12 | 信仰の境界線−キリスト教の『信者』類型を中心に
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| 11 | 大衆長寿社会における自己表現の方法−自分史と<受葬>にみる
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| 10 | 昭和十五年の荒川区の宗教世界−『教会講社』資料にみる
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| 09 | ライフヒストリーの資料論−口述生活史と自分史の比較検討を中心に
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| 08 | 現代学生の宗教意識−1995〜97年のアンケート分析
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| 07 | 教会墓地にみるキリスト教受容の問題−日本基督教団信夫教会の事例を中心に
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| 06 | <信徒周辺>の信仰生活−キリスト教信徒の自分史を資料として
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| 05 | 宗教調査論・序説−調査者とインフォーマントとの関係を中心に
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| 04 | 幼稚園における宗教教育に関する予備的考察
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| 03 | ライフヒストリー研究の断層−特に方法論に関して
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| 02 | キリスト者の先祖祭祀への対応
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| 01 | 死者儀礼のキリスト教的意味付け−大森めぐみ教会の事例より
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